医療のトビラ

食事の大転換、糖質制限食はすでに世界の健康食の基本になっている

2023/03/19

食事の大転換、糖質制限食はすでに世界の健康食の基本になっている

「食事療法」という言葉をよく聞きます。同じように「制限食」という呼び方もあります。制限食とは個人の健康状態、病気の状態に合わせて食事の量や内容を制限する食事を指します。疾患によってもそうした制限食の種類は違います。例えば糖尿病での糖質制限食やカロリー制限食、高血圧での塩分制限食、高脂血症での脂質制限食などがよく知られています。そのほかに、ダイエットを目指す食事療法では多種多様な食事療法が世の中にあふれています。

いったい健康になるのは何をどう食べたら良いのか これは世界中が問い続けてきた疑問でしょう。そして健康の定義や健康の意味も人によってさまざまでしょうが、ここではとりあえず、生活習慣病やメタボリックシンドロームに陥らないために何を食べたら良いのかという視点で考えてみます。

 実は、この20年ほどでも何を食べたら健康で長生きができるかという栄養学や医学の専門家たちの研究によって導かれた結果が大きく揺らいでいます。現在は食事や栄養の取り方に対する定説の大転換期だといえるかもしれません。ですが、この変化の様子は一般にはあまり知られていませんし、専門職でさえ知識のリロードはあまりされていないのです。/

制限食の常識がことごとく覆っている

例えば糖尿病にとっての食事はどんなものが良いのか。日本では今でも糖尿病治療法としてエネルギー制限食、つまりカロリーをできるだけ抑えることが推奨されていますが、国際的な議論の場でだいぶ様子が違います。特に米国 ではその考え方が大きく変わっています。

 1971年時点で、アメリカ糖尿病学会は最初の栄養ガイドラインでは、エネルギー摂取の適正化こそが糖尿病治療の最重要課題だとされていました。ところが、1994年には、エネルギー摂取の適正化による体重減量は短期には有効ではあるものの、長期に維持できないとして、重要課題から外されています。さらに、2006年になると、同学会は当初推奨されないとしていた糖質制限食に対して2013 年には、糖尿病治療の第一選択肢の一つであると推奨するようになっています。推奨できないと言っていた糖質制限食を第一選択で推奨するようになったのです。

 糖質制限食だけではありません。脂質制限食についても大きな変化が見られました。2015 年、米国食事ガイドラインアドバイス委員会が報告書を発表し、脂質制限を行っても、心臓病や脳卒中といった心血管疾患を減少させることができず、肥満の予防にもならないとし、過去 40年間主張されていた脂質制限の必要性を否定するような見解をまとめました。

 さらには、蛋白質についても考え方に大きな違いが出てきています。2008 年まで「腎機能障害がある糖尿病患者は蛋白質を制限するべきだ。」と言っていたアメリカ糖尿病学会が 、 2013 年には蛋白質を制限しても腎機能の保護にならないとして、蛋白質制限食は推奨されないとの見解を出しています。

 つまりこの10年以内でこれまで普通に推奨されていた「エネルギー制限食」「脂質制限食」「蛋白制限食」の有効性がことごとく否定され、そのかわりに糖質制限と糖質制限食が推奨されるようになるという大きな変換が国際的に引き起こされているのです。

 現在の日本では、いまだにメタボリックシンドローム(血糖異常、血圧異常、脂質異常が蓄積して生じる病態)の予防法や治療法として「エネルギー制限食」を推奨されるケースが大半です。この大きな返還に対して無関心なのか、一度決まったことを修正することが苦手な構造的な問題なのか世界の趨勢とのギャップが気になります。

 

世界中で大反響となった論文の発表

 正しい食事法をめぐる様々な研究や論文が発表される中、栄養学の大転換を象徴するような論文として世界中に衝撃を与えたのが医学論文誌としてはトップジャーナルとなる『ランセット』のオンライン版(2017829日)に発表された「炭水化物の摂取増加で死亡リスク上昇」という論文でした。

 この論文は、カナダ・マックマスター大学のMahshid Dehghan博士らが報告したもので、5大陸18カ国で全死亡および心血管疾患への食事の影響を検証した大規模研究の結果です。200311日時点で3570歳の135335例を登録し、2013331日まで中央値で7.4年間も追跡調査しています。

 これまでの研究データのほとんどが、栄養過剰の傾向にある欧米のものであったのに比べ、低所得、中所得、高所得の18カ国を網羅しており、その点でも信頼性の高い研究だといえます。

 論文では、炭水化物をとるほど死亡リスクが高くなる一方で、脂質の摂取量が多いほど死亡リスクは低下するということです。特に飽和脂肪酸の摂取量が多いほど脳卒中のリスクは低くなるということです。また、「脂質の摂取量が多いほど全死亡リスクが低い」という結果も注目に値します。

 食事でコレステロールをたくさんとっても、血液の中のコレステロールが増えるわけではないということが様々な研究で解明され、日本でも、厚生労働省が「日本人の食事摂取基準」2015年版で、コレステロールの摂取基準を撤廃しています。

 こうした世界的に衝撃を与えた論文があっ多にもかかわらず、いまだに日本では、相変わらず脂肪を減らし、しっかり炭水化物を摂りましょうという誤った指導が行われているのが現状です。

 アメリカの糖尿病学会などで急速にその評価が高まってきた糖質制限食は、1900年代では生活習慣病の民間療法にすぎず徹底的に批判されてきた経緯がありますが、ここへきてその有効性が再び医学的、科学的に注目されていると言えるでしょう。

 科学や分析の手法が進化し、栄養学や医学の領域で様々なエビデンスが見いだされ、過去のエビデンスを補強するものもあれば、まったく書き換えてしまう研究結果も出てきます。生命にかかわる重要な学問である栄養学や医学の分野ではことさらそうした動きに柔軟に対応する必要があるといえます。